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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1520号 判決 1965年2月17日

控訴人 原告 金川声萬こと金声萬

被控訴人 被告 除庭禧

主文

原判決を取消す。

本件を横浜地方裁判所に差戻す。

移送の申立はこれを却下する。

事実

控訴人は「原判決を取消す。本件を東京地方裁判所に移送する。」

との判決を求めた。

控訴人は請求の原因として「控訴人は、昭和一一年五月七日双方の親の取決めに従つて朝鮮慶尚北道奉化郡奉化面赤徳里において被控訴人と婚姻した。

然し婚姻後控訴人は前記場所にあつて父の営む酒造業を手伝い、被控訴人は本籍地で控訴人の母と暮すことになつたので、控訴人及び被控訴人は夫婦としての同棲生活をなすまでに至らなかつた。然るところ控訴人は同一七年七月頃単身で日本に渡来し横浜市の会社で働くようになつたのであるが、控訴人が日本に渡来してから一年位経過した頃控訴人の父から、被控訴人が無断で家を出たまま消息がわからなくなつた旨控訴人に対し手紙で知らせてきた。そしてその後は被控訴人から何の音沙汰もなく爾来今日まで生死不明のまま二十数年になる。以上の事実は日本国民法第七七〇条第一項第三号に該当すると同時に控訴人等の本国法(韓国民法)の離婚原因にも該当するから被控訴人との離婚を求めるものである。なお、控訴人は現在横浜市において日本人たる土肥愛子と事実上の婚姻生活を営み、且つ関東電子工業株式会社で機械工及び自動車運転手として働いている。」と述べ、証拠として甲第一号証、同第二号証の一及び二を提出した。

被控訴人は公示送達による適法な呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面をも提出しなかつた。

裁判所は職権により控訴本人を尋問した。

理由

一、方式及び趣旨により外国公署作成の文書であつて真正に成立したものと認める甲第一号証(戸籍謄本)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二号証の一及び二(手紙)並びに控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人及び被控訴人は共に生来の韓国人であつて昭和一一年頃朝鮮で事実上婚姻し、同一七年一二月三〇日に婚姻の届出がなされて正式の夫婦となつたものであること、控訴人は昭和一七年頃被控訴人を本籍地の控訴人の両親の許に置き、単身勉学のため日本へ渡来したが昭和一八年頃控訴人の父より被控訴人が無断で家出をしてそのまま行方がわからなくなつた旨の手紙を受取つたこと、その後被控訴人からは何の音信もなく、また昭和三九年に本籍地にいる控訴人の弟金守栄等をして被控訴人の行方を捜索させた結果でも被控訴人の両親は既に死亡して家は断え、親戚の者達も皆被控訴人の行方を知らないということで結局被控訴人の生死については昭和一八年以来分明でないこと、控訴人は現在横浜に住所を設け機械工及び自動車運転手となつて工場で働いているが、約二〇年前から日本人である訴外土肥愛子と事実上の婚姻を継続し来りその間に三人の男子があること並びに控訴人は近い将来日本へ帰化したい希望をもつていること、以上の事実を認めることができる。右認定を覆すに足る証拠は何ら存しない。

二、そこで、我が国の裁判所が、右認定の事実関係の下において、控訴人の離婚請求につき裁判権を有するかどうかについて判断する。

法例第十六条は離婚について日本の裁判所が外国人に対して裁判をなし得ることを前提としてその準拠法を定めたものであるが、如何なる場合に外国人の離婚につき、我国の裁判所が裁判をなし得るやについては、何等規定するところはない。前示法条は直接には少くとも離婚当事者の一方が我国の国民であるか、又は現在は配偶者所属の国の国籍に属しているが生来の我が国民であつた場合等を予想した規定で、当事者双方が生来の純粋の外国人である場合にも同法条のみを理由として我が国の裁判権を肯定することはできない。我が国に何等の関係もない外国人同志の離婚を裁判することは、その必要もないばかりでなくその外国人の属する国の権利を害する結果となる虞れもあるからである。そこで諸外国においても外国人の離婚の裁判については何等かの要件を備えた場合に限り、自国の裁判権を行使することにしているのであるが、世界交流の進展につれて、外国人同志の離婚を、我が国において裁判する社会的必要を生じている。我が国に住所を有し相当長期に亘つて我が国の社会に利害関係を有するに至つた外国人については、離婚当事者間の便宜公平、判断の適正確保等の訴訟手続上の点からみて、被告の住所が我が国に存することを以つて我が国の裁判権を認める要件と解するのが相当である。

然しながら他面我が国に多年に亘る住所を有し、我が国の社会に全面的にその生計を依拠している原告が遺棄された場合しかも被告が行方不明の場合、その他右に準ずる場合等において、もし前記のような被告主義の原則を固守し、被告の住所が我が国にない以上裁判権はない、として右の如き立場にある原告の離婚請求を拒否するならば我が国に住所を有する外国人の身分関係に十分な保護を与えないこととなり、結局原告の犠牲において被告を不当に保護することとなつて国際私法生活における正義公平の理念にもとることになるものといわなければならない。従つて右の如き特別事情の存する場合においては例え被告が我が国に最後の住所を有さなくとも我が国に離婚の裁判権があると解するのが相当である。(最高裁判所昭和三六年(オ)第九五七号、同三七年(オ)第四四九号事件各判決参照)

三、本件をみるに、控訴人は「被控訴人が昭和一八年頃本籍地の控訴人方を無断で家出して以来今日まで二十数年の間生死不明である」ことを理由に離婚を求めているのであり然も控訴人は昭和一七年以降我国に住所を有し判示の如く我が国の社会に全面的に生計を依拠しているのであるから、被控訴人が我が国に最後の住所を有しなくとも本件訴訟は我が国の裁判権に属するものと解すべきである。

よつて我が国に裁判権がないことを理由に本件訴を却下した原判決は不相当であるからこれを取消し且つ本件を第一審管轄裁判所に差戻すべきものである。

四、ところで本件訴訟の第一審管轄裁判所について考えるに、本件訴訟が我が国の裁判権に属する以上これが手続については我が国人事訴訟手続法が適用されるものであることは云うまでもない。前記甲第一号証(戸籍謄本)によると、被控訴人は控訴人との婚姻により姓こそ変らなかつたけれども控訴人の祖父を戸主とする控訴人の家に入つていることが認められるので人事訴訟手続法第一条の適用に関しては夫婦が夫(控訴人)の氏を称したものと認め得べく、従つて本件訴訟は夫たる控訴人の住所が横浜市にあるから、その第一審は横浜地方裁判所の専属管轄に属するものというべきである。

よつて民事訴訟法第三八六条、第三八八条により原判決を取消し本件を横浜地方裁判所に差戻すこととし、移送の申立はその理由がないのでこれを却下することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郎 裁判官 加藤隆司 裁判官 安国種彦)

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